ビューティーペア解散の理由は?不仲の20年間の真相!仲直りは?

ジャッキー佐藤は75年に全日本女子プロレスに入門。同年4月27日にマキ上田戦でデビューし、76年2月24日に、そのマキ上田とビューティ・ペアを結成しました。

女子プロレスブームを巻き起こし、デビュー曲「かけめぐる青春」は80万枚の大ヒットになりました。

試合前にリング上で歌を披露する斬新な演出、宝塚を思わせる男前のルックスが世の女性たちを魅了し大人気となり一世風靡しました。

ビューティーペアの解散理由は?

解散理由について、マキさんは「ジャッキーに好きな人が出来て、プロレスがおろそかになった。そこから亀裂が入った。私的には辛抱できなかった」と説明しています。

ビューティーペアとして最後の試合を終えた後も、「試合後、ジャッキーは来ませんでした。後輩たちは控室に来て泣いて止めてくれたけど、ジャッキーは来ませんでした」と、最後は顔も合わせないほど仲は冷え切っていたと告白しています。その後もずっと2人は会うことはなかったといいいます。

不仲の20年間の真相は?

マキ上田さんとジャッキー佐藤さんは、プライベートでも遊んだことはないそうです。社交的な上田さんに対して、一匹狼だった佐藤さん。特に仲は良くなかったといいます。

性格が真逆なため会話もなかったといいます。

マキ上田さんは、ジャッキー佐藤さんに相談することなく独断でビューティ・ペアの解散を社長に訴えました。すると社長は「直接対決で負けた方が引退」と言ってきたのです。

前代未聞のコンビ対決は大きな話題をよび、不仲説などいろいろ噂されました。そして、ジャッキー佐藤さんが勝利しマキ上田さんは引退しました。2人は会話をすることもなく別れ、わだかまりが残る別れとなりました。

解散から20年の節目に、マキ上田さんはジャッキー佐藤さんに連絡を取ってみました。そして1998年、1夜限りビューティ・ペアは復活。

翌日、意気投合した2人は温泉旅行へ。2人がプライベートで遊ぶのはこの時が初めてでした。20年間のわだかまりなど無かったかのような楽しい時間だったと言います。

後日、ジャッキー佐藤さんから1通の手紙が届きました。ようやく歩み寄れたとマキ上田さんは心の底から喜びました。しかし、その後2人で会うことはありませんでした。

再会から1年後の1999年にジャッキー佐藤さんは胃がんのため他界したのです。マキ上田さんは後輩からの電話でジャッキー佐藤さんの死を知りました。もちろん病気だった事も知らされていませんでした。

ジャッキー佐藤さんがマキ上田さんに連絡しなかったのは、「マキさんに情けない姿を見せたくない」という思いがあったからでした。元気になって笑顔で会いに行きたいと思っていたのです。ジャッキー佐藤さんは最後まで病魔と闘っていたのです。

(引用元:爆報フライデ)

ジャッキー佐藤さんの最後、死の真実!

女子プロレスラーの1年後輩のナンシー久美が卵巣がんで苦しんでいた時にささえになったのが、ジャッキー佐藤さんだっというのです。

ジャッキー佐藤さんが今度は胃がんにかかり、ナンシー久美さんがジャッキー佐藤さんの看病をすることに。

ユリの花が好きだったというジャッキーのために病室にナンシーさんは部屋に飾って励ましたといいます。

ユリに花言葉「威厳」 ジャッキー佐藤さんにピッタリですね。

闘病もかなわず1999年8月、ジャッキー佐藤さんが胃がんのため死去しました

一緒にいるだけで幸せというナンシー佐藤さんの支えで最後みとられたのは良かったですね。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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