紙幣デザイン変更へ!肖像画誰になる?2千円札は?いつ変更?

政府は数年後をめどに紙幣のデザイン変更を検討していることがわかりました。

変更を検討されている紙幣は、1万円、5千円、千円で、沖縄サミットを記念して発行された2千円札は変更しないようです。

デザイン変更の肖像画は誰になるのでしょうか?

紙幣デザイン変更!肖像画は誰に?

1万円は渋沢栄一

渋沢栄一は1840(天保11)年2月13日、現在の埼玉県深谷市血洗島の農家に生まれました。

家業の畑作、藍玉の製造・販売、養蚕を手伝う一方、幼い頃から父に学問 の手解きを受け、従兄弟の尾高惇忠から本格的に「論語」などを学びます。

「尊王攘夷」思想の影響を受けた栄一や従兄たちは、高崎城乗っ取りの計画を立てましたが中止し、京都へ向かいます。郷里を離れた栄一は一橋慶喜に仕えることになり、一橋家の家政の改善などに実力を発揮し、次第に認められていきます。

栄一は27歳の時、15代将軍となった徳川慶喜の実弟・後の水戸藩主、徳川昭武に随行しパリの万国博覧会を見学するほか欧州諸国の実情を見聞し、先進諸国の社会の内情に広く通ずることができました。

明治維新となり欧州から帰国した栄一は、「商法会所」を静岡に設立、その後明治政府に招かれ大蔵省の一員として新しい国づくりに深く関わります。

1873(明治6)年に大蔵省を辞した後、栄一は一民間経済人として活動しました。そのスタートは「第一国立銀行」の総監役(後に頭取)でした。

栄一は第一国立銀行を拠点に、株式会社組織による企業の創設 ・育成に力を入れ、また、「道徳経済合一説」を説き続け、生涯に約500もの企業に関わったといわれています。

栄一は、約600の教育機関 ・社会公共事業の支援並びに民間外交に尽力し、多くの人々に惜しまれながら1931(昭和6)年11月11日、91歳の生涯を閉じました。

(引用元:渋沢栄一記念財団HP)

5千円は津田梅子

昭和4年(1929年)8月16日)は、日本の教育者。日本における女子教育の先駆者と評価される。

女子英学塾(のちの津田塾大学)創立者。

千円は北里柴三郎

細菌学者。庄屋の長男に生まれ、熊本医学校、東京大学医科大学を卒業後、内務省衛生局に勤務。

ドイツに留学し、明治19年(1886)よりコッホに師事、22年に世界初の破傷風菌培養に成功した。

24年医学博士となり、25年帰国後は伝染病研究所長を務めた。研究所の文部省移管に反対して辞職、大正4年(1915)北里研究所を設立し、6年には慶応義塾大学医学科創設に尽力しました。

紙幣デザイン変更はいつ?

政府は、紙幣のデザイン変更を数年後としています。来年にはオリンピックがあります。オリンピック前に変更となると混乱することも考えられます。

オリンピック後に記念として発行される可能性が高いと思います。

計画した情報リークでこの紙幣デザイン変更の話が出てきたのではないでしょうか?

内閣が情報を発信すれば、選挙前の人気取り、内閣のイメージアップで利用しているのでは?などの話になるのでこういう形でのリークになった気がします。

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