三種の神器とは?天孫降臨の地、天岩戸神社はどこ?神話発祥の地!

天皇の退位と即位は、どちらも神道の象徴的な儀式に彩られる。その中心となるのが「三種の神器」と呼ばれる、皇位を象徴する宝物です。

なぜ、三種の神器が必要なのかを知るためには、神話発祥の地「天岩戸神社」の天岩戸神話を知っているといいと思います。

天岩戸神社は、天照大御神が隠れた天岩戸が祀られている神社で、隠れてしまった天照大御神に出てきてもらうため、八百万の神々が会議を開くために集まった場所です。
その神話の内容とは?

三種の神器とは?

 

三種の神器
  • 八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)
  • 八咫鏡(やたのかがみ)
  • 草薙の剣(くさなぎのつるぎ)
    =天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)

三種の神器はなぜ天皇に受け継がれたのか?

元々三種の神器は天皇家の祖、皇祖神のアマテラスオオミカミが所有していました。アマテラスオオミカミは高天原という天界にいます。

高天原(天界)はどこなのか?諸説ありますが、そのうちのひとつが、天孫降臨の地、天岩戸神社です。

この天界から今の日本、つまり地上界に持ち込んだのは、ニニギノミコト(アマテラスオオミカミの孫)という神様です。

ニニギノミコトはアマテラスオオミカミの孫に当たる神様で、地上の国(葦原中津国)の統治をしに降臨されます。

葦原中津国(あしはらのなかつくに)は、地上が高天原(たかまがはら)から見て地下の黄泉国(よみのくに)との中間に位置しているためにつけられた神話上の名称です。

この降臨の際に、アマテラスオオミカミがニニギノミコトに三種の神器を授与され、歴代の天皇が大切に保管して今に至るのです

天孫降臨とは?

天孫降臨(てんそんこうりん)とは、日本神話において、天孫の邇邇藝命(ににぎのみこと)が、天照大御神の神勅を受けて葦原の中つ国を治めるために高天原から日向国の襲の高千穂峰へ天降(あまくだ)ったことをいいます。

その地が、宮崎県の高千穂町か霧島連山の高千穂峰と言われています。

天孫降臨の地、天岩戸神社はどこ?

天岩戸神社は宮崎県高千穂町に鎮座し、日本神話(古事記・日本書紀)の中に書かれております天照大御神様のお隠れになられた天岩戸と呼ばれる洞窟を御神体として御祀りしており、天岩戸神話の舞台となった場所です。

岩戸川をはさんで西本宮と東本宮が鎮座し、両社とも、天照大御神様を御祭神として御祀りしています。 川上には八百萬の神々がお集まりになり、御相談をされた天安河原があります。

(引用:天岩戸神社公式HP)

神話発祥の地!神話の由来。

要約

神代の昔、天照大御神(あまてらすおおみかみ)の弟・須佐之男命(すさのをのみこと)が、大変な暴れん坊で、大変ないたずらにお天照大御神様はお怒りになり、天岩戸におかけれになりました。

天照大御神様は、太陽の神様であるため、お隠れになると世の中は真っ暗になり、食べ物が育たなくなったり、病気になったりと大変なことが次々と起こりました。

困りはてた八百万(やおよろず)〈大勢〉の神々は天安河原(あまのやすかわら)にお集まりになられ、御相談がかわされます。

そこで、天岩戸の扉から出ていただくため、いろいろな方法を試していきます。

朝、鶏が鳴くと太陽が昇ってきます。鶏の鳴き声には太陽の神様を呼ぶ力が有ると言う事で鳴かせてみますが失敗してしまいます。

天岩戸の扉の外で、神々がにぎやかに騒ぎ立てていると、天照大御神様が外は暗いはずなのになぜそんなににぎわっているのだろうと不思議に思われ、天岩戸の扉を少し開けます。

天照大御神様が理由を聞くと、「あなた様より美しく立派な神がおいでになりました。」「お連れ致します。」といって、鏡をみせ、自分の顔だとわからなかった天照大御神様はもう少しよく見てみようと扉を開いて身を乗り出したその時…

思兼神(おもいかねのかみ)様が天照大御神様の手を引き、岩の扉を手力男命(たぢからをのみこと)様が開け放ち、天照大御神(あまてらすおおみかみ)様に天岩戸(あまのいわと)から出て頂くことが出来ました。

詳細内容

神代(かみよ)の昔、空の上に高天原という神々の世界がありました。太陽の神天照大御神(あまてらすおおみかみ)様や弟の須佐之男命(すさのをのみこと)様、その他多くの神々が暮らしていました。
須佐之男命(すさのをのみこと)様は、田んぼの畦(あぜ)を壊したり馬の皮を逆剥(さかは)ぎにしたりと、大変な暴れん坊でした。
あまりにひどいいたずらにお怒りになりました天照大御神(あまてらすおおみかみ)様は天岩戸(あまのいわと)と呼ばれる洞窟にお隠れになりました。
太陽の神様がお隠れになると世の中は、真っ暗になりました。食べ物が育たなくなったり、病気になったりと大変なことが次々と起こります。
天岩戸神話
困りました八百万(やおよろず)〈大勢〉の神々は天安河原(あまのやすかわら)にお集まりになられ、御相談かわされます。御相談の結果天岩戸(あまのいわと)の前で色々な事が試されて行きます。
まず、長鳴鳥(ながなきどり)を鳴かせてみます。
〈鳴かせてみました長鳴鳥(ながなきどり)、これが今の鶏です。朝、鶏が鳴きますと太陽が昇ってきます、鶏の鳴き声には太陽の神様を呼ぶ力が有ると言う事で鳴かせてみます。現在でも、鶏を放し飼いにしている神社がありますが、元はこの長鳴鳥(ながなきどり)から始まっています。〉
しかし、天岩戸(あまのいわと)の扉は開かず失敗しました。
 次に、天鈿女命(あめのうずめのみこと)様が招霊(おがたま)の木の枝を手に持ち舞をされ其の回りでほかの神々で騒ぎ立てます。
すると、天岩戸(あまのいわと)の中の天照大御神(あまてらすおおみかみ)様は「太陽の神である自分が隠れて居るから外は真っ暗で、みんな困って居るはずなのに、外ではみんな楽しそうに騒いでいる。これはどうした事か?」と不思議に思われて天岩戸(あまのいわと)の扉を少し開けて外を御覧になられます。
神々は、騒いでいる理由を伝えます。「あなた様より美しく立派な神がおいでになりました。」「お連れ致します。」と言い鏡で天照大御神(あまてらすおおみかみ)様の顔を写しました。
自分の顔だと分からなかった天照大御神(あまてらすおおみかみ)様は、もう少しよく見てみようと扉を開いて体を乗り出しました。
その時、思兼神(おもいかねのかみ)様が天照大御神(あまてらすおおみかみ)様の手を引き、岩の扉を手力男命(たぢからをのみこと)様が開け放ちまして天照大御神(あまてらすおおみかみ)様に天岩戸(あまのいわと)から出て頂くことが出来ました。
そして、世の中が再び明るく平和な時代に戻ったと言われます。
暴れた須佐之男命(すさのをのみこと)様は、その後反省し、天岩戸の里をはなれ出雲國(いずものくに)《島根県》に行かれ、八俣大蛇(やまたのおろち)退治をされます。
《参照 岩戸神楽(いわとかぐら) 神楽歌(かぐらうた)
戸(と)がくしの御神(おんかみ)は世(よ)にすぐれし大神(おおかみ)なれば一千人(いっせんにん)の力(ちから)を出(だ)し
天岩戸(あまのいわと)のおん戸(と)を取(と)り投(な)げさせ給(たま)へば信濃国(しなのくに)戸隠ヶ嶽(とがくしだけ)にぞ着(つ)き給(たま)う》
岩戸神楽(いわとかぐら)の中で以上の神楽歌(かぐらうた)が歌われ、戸(と)がくしの御神(おんかみ)すなはち手力男命(たぢからをのみこと)様は開けた天岩戸(あまのいわと)の扉を長野県の戸隠山(とがくしやま)へ投げたと伝えられます。

(引用:天岩戸神社公式HP)

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。